GRAVEL RUNNING 2026AW

I WAS A RACER.
NOW, I AM
A RUNNER.

GRAVEL RUNNER / CHIAKI MORIKAWA

01/ FIRST STORY

INNER MIND - TOKYO 走ること、自分を見つめること
緑の中を走る森川千明

PROFILE

森川千明

1987年、新潟県生まれ。中学で陸上を始め、スターツ、ユニクロで実業団選手として12年を走った。1500mの自己ベスト4分12秒75は、当時の日本歴代9位。30歳で競技生活に区切りをつけたあとも、彼女は走ることをやめなかった。いまは女性のためのランニングコミュニティ「Wayz」を運営し、ケニアでの「RUN+Challenge」に取り組んでいる。速さを手放したあとに残ったものを、走りながら確かめ続けている。

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速さでしか、
自分を表現できなかった

森川千明は、人生の大半をシリアスランナーとして過ごしてきた。競技歴20年。うち12年を実業団で走った。1500mの自己ベスト4分12秒75は、当時の日本歴代9位の記録だ。

トップアスリートの競技との向き合い方は、並大抵のものではない。文字どおりすべてを捧げて積み重ねてきた時間を、彼女の美しいランニングフォームが証明している。

華やかなイメージが先行するけれど、彼女にとって「走ること」への想いは決してシンプルではなかった。

インタビューに答える森川千明

「競技にずっと打ち込んできたので、“走ることが本当に心から好きなのか”と考えることもあります。現役時代は、自分を表現する手段は速さだけで、とにかく速くなければ意味がないと思っていました。引退した今、頭ではわかっているのですが、その感覚は残り続けていて」

長く付き合ってきた「速さを求める走り」に別れを告げるきっかけは、新しい記録でも、誰かの言葉でもなかった。それは、自分で自分を認めるというシンプルなことだった。

インタビュー中の森川千明の横顔
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自己ベストだけが
達成じゃない

30歳。次の世界レベルの大会を目指すなら、ほかのすべてを手放す覚悟がいる。その問いの前で、彼女は立ち止まり、そして一つの答えを出した。

「12年間、アスリートとしてはやり切ったなと思えたんです。長い期間努力し続けてきたことは、私の強さであり財産だって自然に思えて。ここまで来られたことは、私にとっての誇り。その感覚は自己ベストを出した時の達成感とは、まったく違うものだったんです。だから、競技として走るのは、もうやめてみてもいい。次に進んでみようって」

カウンターでパソコンを操作する森川千明
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走りたくないけれど、
走りたい

前向きでありながら、弱さを否定せずに、抱えたまま進むことを彼女は選んだ。その選択は、いまの走りにもそのまま残っている。

「今でも、純粋に楽しく走るのって、実は難しいんです(笑)。でも、走ることで自分の感覚が研ぎ澄まされるのも間違いない。あ、今日は調子いいな、って、走ればすぐにわかるんです。“走りたくないけれど、走りたい”という独特の感覚があるんですよね」

ランニング前に笑う森川千明
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その矛盾を抱えたまま、それでも彼女が走り続けているのはチームと仲間の存在だ。

「今の活動につながったのは、なんとなく出場したフルマラソンでした。そのレースをきっかけに、市民ランナーの方をはじめ、いろいろな方とのつながりができて、走る仕事をいただくようになって。偶然のご縁が重なって、気づいたら走るということの新しい関係性ができていきました。プロの世界でなくても活躍できる場所はあるんだ、と」

正面から走る森川千明
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ランニングを通して、
“みんな”でゴールを目指す

現在の彼女は自身のコミュニティ「Wayz」の運営を中心に、ランニングにまつわる様々な活動をしている。女性のキャリアや健康を中心に置いている。

「走ること。それを通して自分の目標を達成すること。そして、それをみんなで目指すこと。そんなサイクルを目指してコミュニティ運営を続けています。ある意味、一番救われているのは私。弱さや葛藤を当たり前のこととして捉えて、だからこそいろんな人の悩みにも応えたり、寄り添いながら、みんなでポジティブに生きていきたい。
1人で競技に向き合っていた頃にはなかった、“みんな”という感覚が今の自分を突き動かしています。」

SHE RUNS WITH

ランニングウェアを着て森に立つ森川千明