選手の覚悟を問う
「チームの目標と取り組みとがあまりにも乖離していました。僕が想像していた以上でした」
2025年4月、芝浦工業大学駅伝部の監督に就任した徳本一善氏は、就任当初、その実態に驚かされた。
芝浦工大は歴史ある大学だが、駅伝部は2011年設立と、できてまだ日が浅い。それでも、2012年に正月の駅伝の予選会に初出場。2018年には駅伝プロジェクトが発足した。グラウンドや寮の整備が行われただけでなく、7年の月日が流れ強化が進んでいたはずだった。
「前任校では一から立ち上げたので、7年の月日が経てば、だいたいこれぐらいのレベルだろうなっていうのを想像していたんですけど、その想像とは3〜4年ぐらいのラグがあるなと感じました」

徳本監督に課されたのは、創立100周年を迎える2027年度、つまり就任3年目に、予選会を突破して正月の大学駅伝に初出場を果たすことだ。
徳本監督が就任する前までは予選会20位が過去最高戦績。23年、24年は23位にとどまり足踏みしていた。今は過去の優勝校やかつての常連校でさえも予選会でもがく時代だ。徳本監督が前任校の駿河台大学を初出場に導くまでにも約10年の月日を要している。なかなか這い上がれずにいるチームを、3年で本大会に導くのは、客観的に見ても無理難題のように思えた。
駅伝部の改革には大鉈を振るうことが必要だった。徳本監督がまず行ったのは、選手たちに覚悟を問うことだった。
「目標に到達するために、選手に厳しさを問わなければいけなかった。基準に満たない選手には『ここにいるべきじゃない』っていうことをはっきり言いましたし、基準をクリアするための行動を取れているのか、モチベーションを持ってこのチームにいるのか、を選手自身にしっかりと考えてもらいました。その結果“自分はそうじゃないかもしれない”と感じた学生は自然に離れていきましたし、部のルールを著しく破った選手も、部から離れてもらう結果となりました。我々も、学生を預かる身としての責任がある分、厳しさを持たなければなりませんでした」
理工系の専科大学として学業もおろそかにするわけにはいかない。文武両道、それも高いレベルのでの両立が求められるため、その結果でやむを得ず駅伝部を去る者も少なくなかった。
「辞めた選手も、人生の選択としていつかは決断しなければならなかったと思います。チームの成長につながる一員としてやっていけるかどうかをよく考えて決断してくれた学生が圧倒的に多かったので、そういう意味では、彼らの存在もこのチームの成長につながっているという気がします」
こう振り返るように、彼らの選択を徳本監督は決してネガティブには捉えていなかった。


学生の立場からも同様の意見があった。
「学年が上がるごとに時間が少なくなっていき、限界を感じる選手も多くいたと思う。本当は陸上を諦めたくなかったのかもしれませんが、この大学は陸上をやっているだけでは卒業できません。彼らは学業に全力で取り組むという選択したということです。駅伝部を辞めた後も、自分が選んだ道を彼らは頑張っていましたから」
昨年度キャプテンを務めていた横尾皓選手(現NTT E×Cパートナーグループ)は、部を去った仲間たちの決断を尊重していた。
こうして正月の大舞台を目指すという強い意志を持った選手たちだけが部に残った。
「最初は正月の駅伝に出るというのが建前のようにしか思えていませんでしたが、初めてその舞台を意識している雰囲気が出てきました。ガラッと変えたから、残る者と去る者とに分かれましたが、相応の努力をする選手が増えてきたのが目に見えてわかるようになってきました。
モチベーションを持ってやるって決めた子達に対しては、しっかりとサポートして、1秒でもパフォーマンスが上がるようなトレーニングを課してきました」
そんな選手たちに対して、指揮官も真っ向から向き合った。
勝利至上主義だから見えてくること
監督の徳本氏の他にも、コーチに山川達也氏(前・麗澤大監督)と岡田拓也氏(前・専修大コーチ)が就任。指導陣が一新され、明らかにチームは生まれ変わった。
徳本監督の指導理念の根底には『勝利至上主義』がある。
「誤解されがちなんですけど、『勝利至上主義』は、我々は絶対に持っていなきゃいけないマインドだと思っています。そのマインドがあるからこそ、いろんな課題が見つかるし、成長できる。
結果を求めてやっていけば、もちろん失敗することもあります。でも、「勝たなくてもいいからプロセスが大事だ」とか「結果が全てじゃないよ」と口にするのは慰めでしかない。その失敗を成功に変えるために、課題を見つけてもう1回チャレンジする姿勢を選手たちに身につけてもらうために、ある種の勝利至上主義を追求していきたい」
アマチュア競技、しかも学生スポーツで『勝利至上主義』を掲げるのはかなり珍しいことのように思えるが、それはもちろん信念があってのことだった。



そして、その熱意は着実に選手たちにも伝わっている。
「それまでは、熱がある人とそうでない人の温度差がすごくあって、“これで本当にいいのかな”とか“このままではあの舞台へは行けないだろうな”って思いながら練習をしていました。徳本監督が来て『その気がないんだったら辞めてもらっても全然かまわない』っていうスタンスを示してくれて、この人に付いていけば絶対に行けると思えました」
こう話すのは、今季の主将・石井達也選手(4年)だ。
「監督が来る前にも『この学年で正月を目指そう』という話はしていたんですけど、全員がその目標を持ちつづけていたわけではなかったので、実感が湧かなかった」と言うが、当時3年生だった石井選手は残り2年を「死ぬ気で頑張ろう」と決意を固めた。
新体制1年目の2025年、選手たちは『予選会15位』を目標に掲げた。
「当時の芝浦工業大学としては高い目標でした。その分、当然やるべきことは増えます。選手たちが覚悟を示した目標設定だったのかなと感じました」
本選出場に届かない順位ではあったが、選手たちが掲げた15位という目標の意味を、徳本はこのように捉えていた。
そして、実際に「15位という目標の中で、結構ギリギリのトレーニングを彼らはしてきた。チームの100%を出せれば、15位が見える戦力になってきた」と言うように、ひと夏を越えて選手たちは見違えるような成長を見せた。
結果は18位だった。目標の15位には届かなかったものの、過去最高順位は更新した。前年に関東学生連合に選出された宮本大心選手(現3年)ら主力2人をケガで欠き、ベストな布陣で臨むことができなかったなかで健闘に映った。
一方で、「選手層がもっと厚くないと戦えない」という現実を突きつけられたのも事実。手応えと課題の両方が見えた初陣となった。
理論値を超えろ
そして、新体制になって2年目。2026年度は14人の新入生を迎え入れ、部員全35人での新たな船出となった。

環境面もいっそう充実した。スポーツ工学コースができ、大宮キャンパス内に完成した創発棟にはVO2MAX(最大酸素摂取量)や乳酸値の測定など生理学的な実験ができるラボが設けられる予定だ。
そして、新たにサロモンがチームをスポンサードすることになった。
「その他にも、工学の先生方が協力して、自前でペーサーライト(トラックに配置したライトを設定タイムに合わせて点滅させ、ランナーを誘導する装置)を作っちゃおうという話も出ています。うちならではの発想で、それをちゃんと練習に活かせるような環境を整えてもらっています。だからこそ、結果を出さなければいけない。環境が良くなるほど、結果を求められる厳しさがあります。それだけの期待と使命を背負っているということは、選手たちにもよく言っています」(徳本監督)
『理論値を超えろ』をスローガンに、日々の練習のデータや経験から導き出された“出せるはずの最大限の力”を上回る走りを目指して、これまで以上に厳しいトレーニングを重ねている。その先に、夢舞台があると信じて。
