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富士みちをゼロ合目から歩く。|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山 ~後編~

富士みちをゼロ合目から歩く。|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山 ~後編~

かつての富士登山は、麓の町から始まっていました。北口本宮冨士浅間神社へと続く「富士みち」は、信仰や人々の営みを背負いながら、山頂へとつながる一本の道。 しかし、今では富士山は、五合目から登るもの—— いまではそれが当たり前となっています。 本記事では、今もなお息づいている山梨県大月市から富士山頂に続く江戸時代から歩かれている古道“富士みち”を起点に、ゼロ合目から山頂までを歩き通す「ZERO to FUJI」という登り方を紹介します。 それは、ただ山頂を目指すだけではない、もうひとつの富士登山のかたち。 サロモンスタッフの矢野可菜さん、富士吉田市富士山課の小沢智成さんと一緒に、富士山頂までの道のりを歩き通してきました https://www.youtube.com/watch?v=VUqcbBXcEJ4 前編で始まりの場所、北口本宮冨士浅間神社から五合目に位置する佐藤小屋までの道のりを紹介。 夏山の暑さに苦しみながらも、道中に残されている富士講の富士山信仰に対する想いと歴史の深さをしっかりと感じた行程でした。 後編となる本編ではいよいよ富士山頂を目指します。 二日目:一歩一歩踏みしめながら、山頂へ まだ暗いうちから二日目の行動を開始。山頂まではまだ半分。五合目はゴールではなく、「ZERO to FUJI」の通過点です。 ゼロ合目から登ってきた場合は、富士吉田ルートと合流する六合目で入山料を払う 煌々と照明が照っているのが、六合目にある富士山安全指導センター。七合目より上の山小屋の灯りが、まるで先導のよう。 ヘッドライトを点け、目指すのは富士の頂き。余計な思考は追い出され、ただ目の前の一歩に集中する。 やがて、東の空にオレンジ色が差し、浮かび上がる空と雲の境界線。まさに、光明が差す。視界がクリアになるほど、一歩一歩に込められる力が大きくなっていきます。 七合目でご来光を迎えました。 サロモンスタッフ 矢野さん:ご来光って、なんでこんなにもグッとくるんですかね。まるでDNAに刻まれているかのように日本人のなかにある風景で、心が洗われるようです。 ゴールのような感動と充足感に包まれますが、先はまだ続きます。 傾斜は徐々にきつくなり、足元はゴツゴツとした溶岩の岩場へ。息も上がり、足も重たくなってきましたが、転倒しないように一歩一歩足を運びます。 「食行身禄」が祀られている八合目の「冨士山天拝宮」に参拝 山頂への道中には、富士講の中興の祖といわれる「食行身禄(じきぎょうみろく)」が祀られている「冨士山天拝宮」や、古くから信仰の対象とされてきた神聖な巨岩「亀岩」など、富士山に根付く信仰が目に入ります。 明治末から大正時代の富士講の人々 「食行身禄」は、それまでの修行者が中心だった富士信仰を、一般庶民にも広めた人物。1733年には飢饉に苦しむ人々を救うため、断食入定し即身仏となり、江戸庶民から救世主として崇められました。 富士信仰においては白装束を着用し、金剛杖を持って「六根清浄」を唱えながら登頂を目指した 八合目過ぎにある「亀岩」。日本最高地点に鎮座する龍神が祀られた祠がある...

富士みちをゼロ合目から歩く。|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山 ~後編~

かつての富士登山は、麓の町から始まっていました。北口本宮冨士浅間神社へと続く「富士みち」は、信仰や人々の営みを背負いながら、山頂へとつながる一本の道。 しかし、今では富士山は、五合目から登るもの—— いまではそれが当たり前となっています。 本記事では、今もなお息づいている山梨県大月市から富士山頂に続く江戸時代から歩かれている古道“富士みち”を起点に、ゼロ合目から山頂までを歩き通す「ZERO to FUJI」という登り方を紹介します。 それは、ただ山頂を目指すだけではない、もうひとつの富士登山のかたち。 サロモンスタッフの矢野可菜さん、富士吉田市富士山課の小沢智成さんと一緒に、富士山頂までの道のりを歩き通してきました https://www.youtube.com/watch?v=VUqcbBXcEJ4 前編で始まりの場所、北口本宮冨士浅間神社から五合目に位置する佐藤小屋までの道のりを紹介。 夏山の暑さに苦しみながらも、道中に残されている富士講の富士山信仰に対する想いと歴史の深さをしっかりと感じた行程でした。 後編となる本編ではいよいよ富士山頂を目指します。 二日目:一歩一歩踏みしめながら、山頂へ まだ暗いうちから二日目の行動を開始。山頂まではまだ半分。五合目はゴールではなく、「ZERO to FUJI」の通過点です。 ゼロ合目から登ってきた場合は、富士吉田ルートと合流する六合目で入山料を払う 煌々と照明が照っているのが、六合目にある富士山安全指導センター。七合目より上の山小屋の灯りが、まるで先導のよう。 ヘッドライトを点け、目指すのは富士の頂き。余計な思考は追い出され、ただ目の前の一歩に集中する。 やがて、東の空にオレンジ色が差し、浮かび上がる空と雲の境界線。まさに、光明が差す。視界がクリアになるほど、一歩一歩に込められる力が大きくなっていきます。 七合目でご来光を迎えました。 サロモンスタッフ 矢野さん:ご来光って、なんでこんなにもグッとくるんですかね。まるでDNAに刻まれているかのように日本人のなかにある風景で、心が洗われるようです。 ゴールのような感動と充足感に包まれますが、先はまだ続きます。 傾斜は徐々にきつくなり、足元はゴツゴツとした溶岩の岩場へ。息も上がり、足も重たくなってきましたが、転倒しないように一歩一歩足を運びます。 「食行身禄」が祀られている八合目の「冨士山天拝宮」に参拝 山頂への道中には、富士講の中興の祖といわれる「食行身禄(じきぎょうみろく)」が祀られている「冨士山天拝宮」や、古くから信仰の対象とされてきた神聖な巨岩「亀岩」など、富士山に根付く信仰が目に入ります。 明治末から大正時代の富士講の人々 「食行身禄」は、それまでの修行者が中心だった富士信仰を、一般庶民にも広めた人物。1733年には飢饉に苦しむ人々を救うため、断食入定し即身仏となり、江戸庶民から救世主として崇められました。 富士信仰においては白装束を着用し、金剛杖を持って「六根清浄」を唱えながら登頂を目指した 八合目過ぎにある「亀岩」。日本最高地点に鎮座する龍神が祀られた祠がある...

SALOMON × YAMAP 富士みちをゼロ合目から歩く「前編」を公開

SALOMON × YAMAP 富士みちをゼロ合目から歩く「前編」を公開

「富士みちをゼロ合目から歩く 前編|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山」を公開しました。五合目から登るスタイルが一般的になった今、北口本宮冨士浅間神社から富士山頂までつながる一本の道=富士みちを、ゼロ合目からたどり直す新しい富士登山のかたちを、動画とともに紹介します。 サロモンスタッフの矢野可菜さん、富士吉田市富士山課の小沢智成さんとともに、実際に富士みちを歩いた様子をドキュメンタリー形式でお届けします。前編では、ゼロ合目から五合目「佐藤小屋」までの道のりを描いています。 記事を読む

SALOMON × YAMAP 富士みちをゼロ合目から歩く「前編」を公開

「富士みちをゼロ合目から歩く 前編|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山」を公開しました。五合目から登るスタイルが一般的になった今、北口本宮冨士浅間神社から富士山頂までつながる一本の道=富士みちを、ゼロ合目からたどり直す新しい富士登山のかたちを、動画とともに紹介します。 サロモンスタッフの矢野可菜さん、富士吉田市富士山課の小沢智成さんとともに、実際に富士みちを歩いた様子をドキュメンタリー形式でお届けします。前編では、ゼロ合目から五合目「佐藤小屋」までの道のりを描いています。 記事を読む

富士みちをゼロ合目から歩く。|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山

富士みちをゼロ合目から歩く。|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山

富士山は、五合目から登るもの——。いまではそれが当たり前となっています。 けれど、かつての富士登山は、麓の町から始まっていました。北口本宮冨士浅間神社へと続く「富士みち」は、信仰や人々の営みを背負いながら、山頂へとつながる一本の道。 ゼロ合目から歩き出してみると、富士山は「登る山」ではなく、「たどる道」になる。町から森へ、文化や信仰の痕跡を踏みしめ、やがて雲の上へ——。 本記事では、富士みちを起点に、ゼロ合目から山頂までを歩き通す「ZERO to FUJI」という登り方を紹介します。それは、ただ山頂を目指すだけではない、もうひとつの富士登山のかたち。 https://youtu.be/k9jraNAGPNc?si=TNZmqDhIUJKjAvXr 人の営みや歴史が積み重なる「富士みち」 登山者にはあまり知られていない、江戸時代から歩かれている富士山への古道が、いまも息づいています。 それが、山梨県大月市から富士山の山頂に続く「富士みち」。 富士講の人々と富士山をつないだ参詣道で、関東一円から富士みちを通じて富士吉田の町に人々が集まりました。そして、富士吉田市にある北口本宮冨士浅間神社を起点として吉田口登山道につながり、六合目で吉田ルートに合流。富士山の麓から山頂まで続く、数少ない道です。 江戸時代の古地図。富士みちは、麓から山頂へと人々が歩き続けてきた、富士山登拝の中心的な道だった(画像:ふじさんミュージアム提供) 江戸時代の古地図や明治期の写真を見ると、「富士みち」が富士登山の主要な道として使われてきたことが分かります。五合目から登る現在のスタイルが一般化する以前、富士山はこの道を通って、麓から登るのが当たり前だったようです。 四合五勺にある大きな岩壁(御座石)に掘られた文字“日本橋”や富士講が奉納した石碑を目にすることができ、山岳信仰の様子がうかがえる 「富士みち」は、富士山を神聖な山として信仰する民衆の集まり「富士講」により、たくさんの先人が登った山岳信仰の道。健康や一家繁栄・商売繁盛などを願い、心身の浄化を目的として、富士山に登山する「登拝」が行われています。 明治末から大正時代の頃に登拝した富士講の信者たち また、富士修験の道でもありました。山伏は、自然そのものに神仏を見出し、富士山という霊山に入って修行することで、煩悩を払い、超自然的な力を身につけていたようです。 要所に設置された案内板からは、昔あった建物や当時の様子を知ることができる 深い森に包まれた道沿いには史跡や当時建っていた茶屋などの名残がそこかしこにあり、思いを馳せればかつての賑わいが肌で感じられそうなほど。 ただの登山ではない「ZERO to FUJI」 トップに立つと一望できる富士山のお鉢 多くの人にとって、富士山は五合目から始まる登山です。富士宮ルートや御殿場ルートなど、いまではそれが“普通”になっています。けれど、かつては麓の町から歩き出すのが当たり前でした。 ゼロ合目から歩いてみると、富士山は「登る山」ではなく、「たどる道」になる。信仰や修験の道として、江戸時代から続いてきたこの道を、現代の登山の楽しみ方として捉え直す。それが「ZERO to FUJI」です。 現在の登山ルートの多くが、交通事情や観光の発展とともに整備されてきたのに対し、富士みちは、麓から山頂へと人が歩き続けてきた歴史そのものをなぞる道です。どこから登るかという選択は、富士山との向き合い方を選ぶことでもあります。 今回、そんな「ZERO to...

富士みちをゼロ合目から歩く。|「ZERO to FUJI」という、新しい富士登山

富士山は、五合目から登るもの——。いまではそれが当たり前となっています。 けれど、かつての富士登山は、麓の町から始まっていました。北口本宮冨士浅間神社へと続く「富士みち」は、信仰や人々の営みを背負いながら、山頂へとつながる一本の道。 ゼロ合目から歩き出してみると、富士山は「登る山」ではなく、「たどる道」になる。町から森へ、文化や信仰の痕跡を踏みしめ、やがて雲の上へ——。 本記事では、富士みちを起点に、ゼロ合目から山頂までを歩き通す「ZERO to FUJI」という登り方を紹介します。それは、ただ山頂を目指すだけではない、もうひとつの富士登山のかたち。 https://youtu.be/k9jraNAGPNc?si=TNZmqDhIUJKjAvXr 人の営みや歴史が積み重なる「富士みち」 登山者にはあまり知られていない、江戸時代から歩かれている富士山への古道が、いまも息づいています。 それが、山梨県大月市から富士山の山頂に続く「富士みち」。 富士講の人々と富士山をつないだ参詣道で、関東一円から富士みちを通じて富士吉田の町に人々が集まりました。そして、富士吉田市にある北口本宮冨士浅間神社を起点として吉田口登山道につながり、六合目で吉田ルートに合流。富士山の麓から山頂まで続く、数少ない道です。 江戸時代の古地図。富士みちは、麓から山頂へと人々が歩き続けてきた、富士山登拝の中心的な道だった(画像:ふじさんミュージアム提供) 江戸時代の古地図や明治期の写真を見ると、「富士みち」が富士登山の主要な道として使われてきたことが分かります。五合目から登る現在のスタイルが一般化する以前、富士山はこの道を通って、麓から登るのが当たり前だったようです。 四合五勺にある大きな岩壁(御座石)に掘られた文字“日本橋”や富士講が奉納した石碑を目にすることができ、山岳信仰の様子がうかがえる 「富士みち」は、富士山を神聖な山として信仰する民衆の集まり「富士講」により、たくさんの先人が登った山岳信仰の道。健康や一家繁栄・商売繁盛などを願い、心身の浄化を目的として、富士山に登山する「登拝」が行われています。 明治末から大正時代の頃に登拝した富士講の信者たち また、富士修験の道でもありました。山伏は、自然そのものに神仏を見出し、富士山という霊山に入って修行することで、煩悩を払い、超自然的な力を身につけていたようです。 要所に設置された案内板からは、昔あった建物や当時の様子を知ることができる 深い森に包まれた道沿いには史跡や当時建っていた茶屋などの名残がそこかしこにあり、思いを馳せればかつての賑わいが肌で感じられそうなほど。 ただの登山ではない「ZERO to FUJI」 トップに立つと一望できる富士山のお鉢 多くの人にとって、富士山は五合目から始まる登山です。富士宮ルートや御殿場ルートなど、いまではそれが“普通”になっています。けれど、かつては麓の町から歩き出すのが当たり前でした。 ゼロ合目から歩いてみると、富士山は「登る山」ではなく、「たどる道」になる。信仰や修験の道として、江戸時代から続いてきたこの道を、現代の登山の楽しみ方として捉え直す。それが「ZERO to FUJI」です。 現在の登山ルートの多くが、交通事情や観光の発展とともに整備されてきたのに対し、富士みちは、麓から山頂へと人が歩き続けてきた歴史そのものをなぞる道です。どこから登るかという選択は、富士山との向き合い方を選ぶことでもあります。 今回、そんな「ZERO to...

0合目から山頂まで「富士みち」ハイクツアー応募開始 Mt.FUJI Hiking Campaign ページを公開!

0合目から山頂まで「富士みち」ハイクツアー応募開始 Mt.FUJI Hiking Campai...

吉田口登山道のフルハイクツアーが当たる「Mt.FUJI Hiking Campaign」をスタートし、キャンペーン特設ページを公開しました。 本キャンペーンは、既存および新規登録のS/PLUS会員の方を対象に、対象商品をご購入のうえ応募いただいた方の中から抽選で、北口本宮冨士浅間神社を起点に“富士みち”を辿り0合目から山頂まで歩いて登る2泊3日の富士山登山ツアーにご招待するものです。 キャンペーンの詳細や応募方法、対象商品などについては、以下の特設ページをご確認ください。 Mt.FUJI Hiking Campaign 特設ページへ

0合目から山頂まで「富士みち」ハイクツアー応募開始 Mt.FUJI Hiking Campai...

吉田口登山道のフルハイクツアーが当たる「Mt.FUJI Hiking Campaign」をスタートし、キャンペーン特設ページを公開しました。 本キャンペーンは、既存および新規登録のS/PLUS会員の方を対象に、対象商品をご購入のうえ応募いただいた方の中から抽選で、北口本宮冨士浅間神社を起点に“富士みち”を辿り0合目から山頂まで歩いて登る2泊3日の富士山登山ツアーにご招待するものです。 キャンペーンの詳細や応募方法、対象商品などについては、以下の特設ページをご確認ください。 Mt.FUJI Hiking Campaign 特設ページへ

富士みちの新たな価値を伝える「富士みちマップ」ができるまで 公開しました。

富士みちの新たな価値を伝える「富士みちマップ」ができるまで 公開しました。

山梨県富士吉田市とSalomonは、包括連携協定にもとづく取り組みの一環として、吉田口登山道と「富士みち」にフォーカスしたオリジナル登山マップ『富士みちマップ』を制作しました。現代のハイカーやトレイルランナー、ツーリストに、古道の魅力を伝えることを目的に、歴史・文化・信仰・自然環境といった多層的な魅力を一枚のマップに可視化しています。 本コンテンツでは、富士吉田市役所の担当者と歴史文化の専門家、そしてSalomonのマーケティング担当の3名にインタビューを行い、『富士みちマップ』が生まれるまでの背景や、富士山麓エリアの新たな価値を次世代に継承していくための思いを紐解きます。 記事を読む

富士みちの新たな価値を伝える「富士みちマップ」ができるまで 公開しました。

山梨県富士吉田市とSalomonは、包括連携協定にもとづく取り組みの一環として、吉田口登山道と「富士みち」にフォーカスしたオリジナル登山マップ『富士みちマップ』を制作しました。現代のハイカーやトレイルランナー、ツーリストに、古道の魅力を伝えることを目的に、歴史・文化・信仰・自然環境といった多層的な魅力を一枚のマップに可視化しています。 本コンテンツでは、富士吉田市役所の担当者と歴史文化の専門家、そしてSalomonのマーケティング担当の3名にインタビューを行い、『富士みちマップ』が生まれるまでの背景や、富士山麓エリアの新たな価値を次世代に継承していくための思いを紐解きます。 記事を読む